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by ars_marloowe_june
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カテゴリ:未分類( 1 )

次に、ジャガイモのことをフランス語で(la) pomme de terreと呼ぶことも
安井教授は指摘。pomme de terre 字義通りには、「地中の林檎」。
また、pommeだけでpomme de terreを指すこともある、と辞書にはある。

ここで、思い出されたのは、そもそもの林檎の語源をAlexander Pope
翻訳のIlliadにあるとしているものがあったと聞いたことが
あったということだ。
また、『ダ・ヴィンチ・コード』では、暗号の解明にニュートンという記号が
絡んできて、アレキサンダー・ポープがニュートンの墓碑銘で以下の2行詩*を
歌っていることが言及されている。
ニュ-トン、万有引力、りんごという連想がその下に置かれているのだ。

* ダン・ブラウンが言っていたのは、恐らく以下の2行。

  "Nature and nature's laws lay hid in night;
   God said 'Let Newton be' and all was light."

     自然と自然法則とは夜の闇に潜んでいたが、
     「ニュートンよ、誕生せよ」と神が言うと、光が闇を呑み込んだ。

アレキサンダー・ポープが「林檎」を出したことが、ジャガイモをpomme de terreと
呼ぶことになったというのは、フランス語を勉強している方のサイトで以前に見かけた。
ポープはフランス語も出来たので、cartoufleからpomme de terreに移行するのに
寄与したと理解したのだが、その出典sourceはどこなのか。これを調べるのが
今後の課題である。

現在、出来ることは、何か?
一応、林檎のメタファーを、贈り物として素晴らしいもの、災いにも
なりうるものとして、このメタファーがジャガイモにも見られるかどうか、
共通に使えるかどうかを調べてみること、また、ジャガイモの歴史から
pomme de terreのメタファーを探ることだ。

ポープの林檎は3人の美女のうちでもっとも美しい者に与えられるもの。
パリスがヘレンを選んだことで、ペロポネソス戦争が起きたとも言える。
そこで、贈り物が災いの元凶になったとも考えられるのだ。
贈り物/ギフト/毒、災いの元ということだ。

典型的に林檎のメタファーとジャガイモのメタファーが異なるのは、
前者の持つエロティックな要素だ。
例えば、sac de pomme de terre、字義通りにはジャガイモの袋だが、
イディオムとしては太った醜い女性の意味。
また、nez en pomme de terre、ジャガイモ鼻とは団子鼻。

贈り物,ギフト、毒、災いはジャガイモのメタファーにも当てはまりそうだ。
ジャガイモの歴史を紐解くと自ずとこれらのことが示されているからだ。


■ ジャガイモの歴史

ネットでさらってみた。
Wikipediaではフランス語のものが一番充実していた。
何かと問題のあるデジタル事典だが、一応、応急的な利用を目指して
みよう。

原産地はペルーアンデス。元々はdadと呼ばれていた。紀元前から
ほど1000年ほど栽培されていた。スペインに最初に紹介された。
セヴリアの修道僧たちにより栽培されたのが1573年。
この頃はdadダードと呼ばれていた。
その後の200年間にスペインではpatataパタータと呼ばれて広まってゆき、
イタリアではtaratpifffli小トリュフ、アイルランドpotato。
ドイツとフランスにも浸透していった。フランスには1540年に紹介された。

ジャガイモだが、最初からフランスでpomme de terreと呼ばれて
いたのではないという。1600年にフランス人、オリヴィエ・セーレによって
cartoufleとして言及されている。Kartoffelというドイツ語をすぐに連想する
のだが、フランスでジャガイモが栽培されるようになった経緯とも無関係
ではないらしい。フランスとプロシアの間で戦われた7年戦争(1756-1763)
のとき、捕虜になったフランス人アントワーヌ・パルマンティエによって
ドイツからフランスにジャガイモがもたらされ、1757年にブルターニュの
レンヌで栽培された。しかし、これがフランスないし後でフランスと見なされる
ところでお目見えした一番最初のジャガイモというわけではない。
記録によれば、パルマンティエより100年も前にジャンとガスパール・バウイ兄弟が
モンベリアールの「大庭園」”Grandes-Jardin”でジャガイモを栽培していた。
1793年の大飢饉の際、ここで栽培されたジャガイモのおかげで
モンベリアール伯爵領の人々は餓死を免れた。

■ ジャガイモは「貧しい人々のパン」---贈り物としてのpomme de terre---

飢餓を救うジャガイモは栽培を奨励されることとなった。煮てよし、揚げてよし・・・。
「フランスはいつか貧しい人々のパンを発明してくれたジャガイモさんに感謝するだろう」*。
こう言ったのは、ルイ16世。

* "La France vous remerciera un jour d(avoir invente' le pain des pauvre."

日本には、1600年ごろにオランダ船によりジャカルタ港より運ばれ、
ジャカルタがジャガイモの名前となって残っている。
江戸時代には、矢張り、飢饉の際にジャガイモで救われたという記録がいくつか
残っており、「お助けイモ」と呼ばれたとある。
江戸時代の代官のなかにもジャガイモの栽培を促したものもいた。

じゃがいもは滋養も高く、肥沃でない土地でも栽培できたので、飢えから
の救いをもたらした。素晴らしい贈り物だった。しかし、それだけではなかった。
飢餓を救うものから災いをもたらすものに化すこともあったのだった。

  (=続きます=)
by ars_marloowe_june | 2007-01-30 00:50