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カタルシスとしての文学

先日、オットーラインの伝記の一冊を挙げました。

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Ottolline: The Life of Lady Ottoline Morrell,
Sandra Jobson Darroch,
Coward, McCann & Georgegan, Inc., 1975.


オットーラインは芸術家の擁護者、patronessでした。
オットーラインの父は先妻との間に子供がいたのですが、オットーラインの
兄たちは経済的な面ではオットーラインに不自由をさせたことはなかった
ようです。

第一次世界大戦に英国が参戦するのに反対のオットーライン。
兄たちは参戦派。おくびにも出さないようにして、巧みに振る舞っていた
ところが窺えます。正直に話したら、精神病者だとされて収容されてしまう!、
と冗談半分に言うと、周りの作家や他の芸術家たちが、オットーラインは
精神病院に入れられることになった!?と噂を流しました。

この一例からも窺えますが、ともかく噂が飛び交い,尾ひれが付いて
いたようです。例えば、オットーラインの愛犬はパグなのにシーズ-と
されていたりします。

パグと云えば、Aldous Huxleyの詩"The Lady and the Pug"
あります。ハクスレ-は『イエロー・クローム』を書きましたが、題材の
多くをオットーラインのオックスフォードの邸宅ガーシントンに負って
います。少しでも否定的に表現されていると傷ついたかもしれません。
ガーシントンにモデルを採ったのが拙かったのなら、中国を舞台にすれば
良かったとハクスレ-は応えていますが、オットーラインからすれば、
そういう問題ではなかったのでしょう。他の作家や芸術家同様、ずっと
オットーラインのところに出入りしていましたし、ずっと滞在していたことも
あります。

実は、ハクスレーの前にD.H.ローレンスの『恋する女たち』
Women in Loveで、二人は絶交しています。
[ハクスレ-とも『クローム・イエロー』の出版後、不仲になりました。]
先ず、『恋する女たち』のHermioneはオットーラインがモデルであり、
Birkinはローレンス、Ursulaはフリーダが夫々モデルだという風に
すぐに読めてしまうのです。これには批判があるのを承知していても。

Sandra Jobson Darrochは、ローレンスは主人公のHermioneを
オットーラインに殆ど同情しない者でさえ、Hermioneの描写にオットー
ラインを気の毒だと思うような毒牙をペンで奮うつもりはなかったのだと
言います。

ダロックとは対照的に、毒牙ないし悪意が底にあっても不思議はない、と
Louise Desalvoは言います。
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Conceived With Malice: Literature as Revenge in the Lives and Works
of Virginia and Leonard Woolf, D.H. Lawrence, Djuna Barnes, and
Henry Miller
, A Plume Book, 1994.

デサルボは「全て創作行為とは戦いを告げること」というヘンリー・ミラーの
言葉をこの著書の巻頭に置いています。そこで、最初の視線からして、ダロックと
異質なのです。しかし、デサルボには射抜く眼力があるところが窺われます。
そこで、デサルボもダロックも両者とも読み比べるとバランスが取れるかも
しれません。デサルボはローレンスとオットーラインの関係に限定していますが、
ローレンス以外の作家や芸術家も網羅したら、ダロックとはまた違うオットーラインの
伝記が出てきそうです。

さて、ローレンスの『恋する女たち』のHermioneを見ると、性に執着しています。
しかし、オットーラインにとって性的なものは目的ではなく手段だった、とダロックは
断わっています。

オットーラインには複数の恋人と愛人がいましたが、関係の深さから見ると、
ラッセル、ローレンス、ストレーチーの三人が重要だったようです。
ラッセルの求愛。これはヘンリー・ラム、ロジャー・フライとの恋愛と最初、平行
していました。ローレンスの場合、他の作家や芸術家よりも困窮していた
こともあり、擁護者としての立場が大きかったようですし、ストレーチーは
諧謔さにより、しばしば淀みがちになる他の庇護者と擁護者との関係にそよ風を
もたらしてくれていたようです。

リットン・ストレーチーとドーラ・キャリントンの関係、並びに二人を取り巻く人たちが
映画『キャリントン』で出てきていました。マーク・ガートラーとドーラ・キャリントンは
同じ美術学校で学んでいました。ガートラーは自分の株をストレーチーに上げて
もらおうと考えたようです。ところが、キャリントンはストレーチーを好きになり、
ガートラーの意図は外れてしまいます。また、ストレーチーはロジャー・フライにも
気があったようで、それでガーシントンに出入りするのが楽しみだった時期があった
ようです。[ロジャー・センハウスはストレーチーの恋人でした。ややこしいですねぇ・・・。]
映画では、曖昧どころか出て来ませんが、キャリントンの夫ラルフ・パートリッジとも
リットンは懇ろだったとあります。映画では、リットンが自動車を買ってあげて二人に
贈るというところに氷山の一角を窺う形だったようです。更に人間関係は交錯して
いるのです。

オットーラインは、夫のフィリップに愛人がいることを知り、愕然としたそうです。
オットーラインは離婚せずに自由に振る舞うだけのお金があったのですね。
だからといって何人もの愛人がいたのかと当然、私たちは思うわけです。
先ずは、ロマンチックな性格というのが最初に挙げられるようです。
これは、幼い頃から王様や貴族たちの遺品の中で暮らしていたこととも無縁では
ないでしょうし、宗教的な雰囲気に幼い頃から包まれていたこととも無関係では
ないでしょう。また、オットーラインにはジュリアンという娘がいましたが、ジュリアン
は双子で生まれ、ヒュ-という男の子も生まれたのですが、すぐに亡くなって
そうです。また、婦人病に悩まされ、手術を受け、二度と子供を生めなくなった
そうです。今なら、また違うのでしょうが、精神病の施設に監禁、そしてこの
産婦人科の対応とに時代を感じます。

[後者はT.S.エリオットの妻ヴィヴィアン・エリオットにも見られるのですが、
これについてはまた後述させてください。]

結局、ローレンスにしろハクスレ-にしろ、また他の作家たちにしろ、著述により
庇護者の殻という重りをかき棄てることが出来たのだろう。自立するために必要
だったのかもしれない。一方、オットーラインはといえば、自ら創作することは
なかった。オットーライン自身が芸術作品だということを作品の中で提示した者
もいたほどだ。これにオットーラインが喜ぶと思ったようだが、実際には逆の
反応しか返ってこなかった。

D.H.ローレンスもハクスレ-もオットーラインが傷つくとは思っていなかったようだ。
二人ともブレンド、作品の登場人物にオットーレイン的なものをブレンドしたに
過ぎないと考えていた節がある。

オットーラインは、二人と最後には仲良くしている。
皆、魅力的な人たちだが、一筋縄では行きそうもないことは確かだ・・・。
by ars_marloowe_june | 2007-02-17 12:19 | 読書